円運動

いつもと同じように、思っていたことの3分の1も出来ずに休日を終え
いつもと同じように月曜の朝は仕事へ向かう。
いつもと同じように車の中でラジオのスイッチを入れた。

いつもと同じ番組は流れて来ない・・
1月17日にちなんで防災の特番が組まれていた。
各局のアナウンサーが順番に自局の防災ポリシーを述べ、
それから警察や消防、NTTなどが短くコメントしていく。

いま、ここで喋っている人たちは、ずっと一つの仕事を続けて来たから
いまここに居るんだ。

そう思ったら、ちょっと胸が切なくなった。

(ぼくは何も続けて来たものがないじゃないか。いったい、今まで何をして来たんだろう)

そう思ってから、

(いや、きっと何かあるに違いない。ずっと続けて来たもの・・何だろう?)

と考え出した。

(店長は結構長く続けた。業績は良かったし、スタッフたちにも慕われていた。
それなのに、何でそのことを誰もぼくに訊きに来ないのか?)

また、切なくなった。

自分から言わないからか?
それとも、大した価値はそこに無いのか?

何かをずっと続けているような気はする・・
少し前までは、それを見つけ出したいと思っていたが
最近はどうでもよくなってきた。

バーンと大きな目標を掲げて、それに向かって突き進むというのが出来ない。
その場その場の楽しさや充実感を、こつこつと積み上げていくことに喜びを感じる。

だから行き当りばったりだし、広い地面のあちこちに、そこそこの建物は立つんだけど
スカイツリーをばーんと建設することは出来ない。

目標達成タイプが同じ方向に直線的に進むんだとしたら、
ぼくはぐるぐると円を描き続ける。

長い間、これじゃいけないと思って来た。
ちゃんと目標を持って、それに向かわなくては。
そんな思いが強迫概念として付き纏った。
結果、何とも中途半端な人生を送っている。

でも、それは悪いことばかりでもないらしい・・

少し直線的に進んで、そしてまた円運動に戻る。
すると、直線を少し描いた分、その後の円が大きく描けるのだ。

楽器をマスターするのに、一定の狭いジャンル内で突き進んだ方が上達が早い。
例えばギターをやるにしても、5年くらいヘビメタとかパンクだけやり続けると
結構弾けるようになると思う。
それから幅を広げると、案外と広がるのだ。
初めから広いスタイルでやろうとすると、なかなか進まない。

ぼくは懲り性なので、何かに興味を持つとかなりそれに集中する。
オートバイ、登山、音楽、写真、自転車など、かなり夢中になった時期がある。
その分、大きな円が描けていると思う。
どれも直線のまま突き進むことは出来なかったが・・。

ぼくは円運動で生きている人が好きだ。